同潤会アパート
個人的な感想なのかもしれないが、平成15年は、少なくとも東京における都市歴史上、結構重要な年のような気がしている。平成15年時点で、現存していた同潤会アパートは、16箇所建設されたもののうち6箇所であった。そのうちの4箇所がその年に大きく動いたのだ。平たくいえば、ほぼ同時に取り壊されたのである。(中略)
青山アパートは・・平成15年に取り壊された。江戸川アパートも、・・。大塚女子アパートも・・。清砂アパートでは、・・取り壊しが進行していた。これら、いずれの同潤会アパートにも私は、あたかも死体解剖人のように立ち会ってきた。蘇生術がないものかといろいろと模索もしてみたが、力及ばず、ただ解体直前に再開発側にお願いして建物の記録保存調査をひたすらお願いしてきたのである。
同潤会アパートはすでに80年近くこの世に存在し、その間、根本的な修繕が行われることもなかった。戦災で丸焼けになったところも多い。年中雨漏りのする部屋に住んでいる人々の苦労話を聞くにつけ、やはり建て替えしかないというのも充分過ぎるぐらい理解できる。住んでいる人々にとって、「人並みに住める」という課題は切実であった。それを否定する権利は誰も持ち得ない。
しかし、それでも、同潤会と同時期の輝かしき1920年代を中心に建設された欧米の集合住宅群は、公的に歴史的見物に指定され、公的支援の下、現代的生活が営める設備を追加され、住まい手に愛着をもって、住まわれ続けているのである。日本と同じ敗戦国であるドイツにおいても。どうして日本だけこうしたことになるのか?
「集合住宅の時間」64ページ~65ページの抜粋(著者の大槻氏は大学建築学科の先生)
【所見】
古くなったら、壊れやすくなるので、当然のごとく建て替え、という観念をもっていた小生にとっては、まことに衝撃の内容であった。
思い当たることもある。傾いても、崩れても、なおかつそこに美を見出し、遺産として残しているヨーロッパの先人たちに、もっと学ぶことがあるのでは、と思った次第です。


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