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2008年1月

2008年1月29日 (火)

同潤会大塚女子アパート(昭和5年)

同潤会大塚女子アパート(昭和5年)
 東京在住の同潤会アパートは、戦後GHQ(米軍)、東京都を経てほとんどが居住者に払い下げられたが、大塚女子だけは例外であった。理由は、男子禁制を守るという居住者の意見があったためと言われている。・・。こうして、大塚女子アパートは取り壊されるまで都営アパートとして管理されるようになったのである。これを管理側からすれば、「ただの都営アパート」となるので、とっくに耐用年限の過ぎた大塚女子アパートは「ただの都営アパート」として、淡々と取り壊されることになる。そして、根強い取り壊し反対運動にもかかわらず、このアパートの敷地は平成15年に更地となった。
  この取り壊し着手に伴い、s東大准教授、s東大名誉教授、s東京芸術大学名誉教授、そして戸川昌子らを中心とした有志が、解体差し止め請求並びに損害賠償請求の裁判を東京地裁に起こしている。平成16年3月に出た判決は「棄却」であったが、この判決文の中では、大塚女子アパートが文化財的な価値を有しているのに、それを東京都が素人判断で解体したことは、職権乱用の疑いを払拭できない、ことが指摘されている。
   この裁判にあたっては、日本建築学会発行の「近代建築総覧」に同アパートが載っていないことが、この建築が文化財足りうるかどうかの争点の一つとなったのであるが、少なくとも裁判所は「総覧」に載ってなくとも文化財だと言っている。私はこのアパートに対してそうした建築的評価に加えて、こんなに文学的陰影の深く刻まれた建築はそうざらにあるものではない、ということを付け加えておきたいのである。

【所見】 古いから捨てる、洋服、靴、靴下、メガネ、バック・・。あたりまえのことかもしれません。しかし、住宅は、そうは行かないものだとつくづく感じさせられました。古くなったから建て替える・・。これはあくまで建設業界の懐を潤すものでしかないのだと思った次第です。

二軒長屋の問題

  今月の事例
   古い二軒長屋に住んでいます。もう一方に住んでいる隣人が、老朽化が進んでいるため住居を取り壊して土地を他人に売却し、引越ししたいと言って来ました。私はこのまま住み続けたいと思っていますが、長屋の片方が取り壊された場合、私の住居の外壁を造る費用などはどうなるでしょうか?
   (朝日法律相談より)

   両者間で対応策の話し合いを
   1棟の建物を、一方向の壁を共有する二つの住居に区分して、家主が二人の借家人に貸す、または二人に分譲する「二軒長屋」の形態は、昔は数多く見られました。アパートやマンションなど部屋数の多い建物を造る方が家主にとって収益性が良いこともあって、近年は少なくなっている形態です。しかし古くからの二軒長屋が老朽化するにつれて、今回のご相談のような事例は起こりうる話です。
   今回の場合は、隣人が自身の所有分を売却しようとしていることから、あなたと隣人が、二軒長屋のそれぞれを買いうけて所有している状態と思われます。
    二軒長屋の処分は、二方の住居の所有者の同意のもと、一括して同時に売却できれば最も簡単です。しかし、それぞれにうまくいくとは限りません。
    隣人が自身の所有分をほかに売却しようと考えても、古い建物のままでは買い手がつきにくいため、住居を取り壊して更地にするなどしてから売却するというのは現実的だと思います。その際、壁や柱、はりがつながっているあなたの住居への影響は当然大きくなります。状況によっては、あなたの住居の存続が危うくなったり、著しく寿命を縮めたする危険性があります。(以下、略)

    【所見】
    いわゆるタウンハウスなどは、戸建てに手が届かない、庶民層でも、少し無理をすれば買えるかな、という価格で取引されているようです。
 わんぱくざかりのお子さんのいる家庭にとっても、おもう存分、走りまわることができるのではないでしょうか?
 しかし、長年暮らせば、上記のような問題も待っていることも承知しておかねばなりません。
 古くなるといっても、シロアリ、雨漏りなどしなければ、木造住宅は「半永久的に」存続するものです。
 資源も無限ではないので、可能な限り長く暮らすべしと言いたいです。
もっとも、将来、高収入の見込める可能性がある方なら、戸建てを先ず考えるべきでしょうが、そうでなければ、知恵を出しつつ問題を乗り越えていくしかないでしょう。
 

2008年1月23日 (水)

同潤会アパート

個人的な感想なのかもしれないが、平成15年は、少なくとも東京における都市歴史上、結構重要な年のような気がしている。平成15年時点で、現存していた同潤会アパートは、16箇所建設されたもののうち6箇所であった。そのうちの4箇所がその年に大きく動いたのだ。平たくいえば、ほぼ同時に取り壊されたのである。(中略)
青山アパートは・・平成15年に取り壊された。江戸川アパートも、・・。大塚女子アパートも・・。清砂アパートでは、・・取り壊しが進行していた。これら、いずれの同潤会アパートにも私は、あたかも死体解剖人のように立ち会ってきた。蘇生術がないものかといろいろと模索もしてみたが、力及ばず、ただ解体直前に再開発側にお願いして建物の記録保存調査をひたすらお願いしてきたのである。
 同潤会アパートはすでに80年近くこの世に存在し、その間、根本的な修繕が行われることもなかった。戦災で丸焼けになったところも多い。年中雨漏りのする部屋に住んでいる人々の苦労話を聞くにつけ、やはり建て替えしかないというのも充分過ぎるぐらい理解できる。住んでいる人々にとって、「人並みに住める」という課題は切実であった。それを否定する権利は誰も持ち得ない。
  しかし、それでも、同潤会と同時期の輝かしき1920年代を中心に建設された欧米の集合住宅群は、公的に歴史的見物に指定され、公的支援の下、現代的生活が営める設備を追加され、住まい手に愛着をもって、住まわれ続けているのである。日本と同じ敗戦国であるドイツにおいても。どうして日本だけこうしたことになるのか?
  「集合住宅の時間」64ページ~65ページの抜粋(著者の大槻氏は大学建築学科の先生)
【所見】
古くなったら、壊れやすくなるので、当然のごとく建て替え、という観念をもっていた小生にとっては、まことに衝撃の内容であった。
  思い当たることもある。傾いても、崩れても、なおかつそこに美を見出し、遺産として残しているヨーロッパの先人たちに、もっと学ぶことがあるのでは、と思った次第です。

2008年1月20日 (日)

何の意味があって建て替えるの?

原価償却。
この考え方は「時の経過と共に固定資産の価値は減っていく」ことを基本としてなりたっている。
・・これが人間に適応されるとしたらどうであろうか。

「あなたの価値は年を経ていくごとに減っていき、60歳になると、価値がゼロになります。健康であろうがなかろうが、ボケていようがいまいが、多くの知識と経験がぎっしり詰まっていようがいまいが、多くの人に愛されていようがいまいが、年々価値が減っていき、きれいにゼロになります。もし60歳を越えてしまうと、あなたの価値は、むしろマイナスになります。だって、葬儀費や納骨費がかかるのですから。」

こんなことを言われた日には、もう生きていく気がしなさそうである。
でも、わが国の建築の世界では、この現象は極めて当り前のように受け止められている。

 一般の銀行に行くと、ほとんどの場合この減価償却という、世界中でごく少数の国でしか採用していない方式で、価値が判断されてしまう。
 ・・減価償却の終わった住宅の建つ土地は、住宅の除去費用を引いた上で値付けされるのである。

(中略)
同潤会アパートと同じ時代に建った欧米の公的集合住宅は100㌫近く残っている。
欧米の研究者などを連れて、再開発前の同潤会アパートに見学に行ったことが何度かある。彼らは必ず
「何の意味があって建替えるの?」
「リニューアルして残すべきだ」といったことを私に投げかけた。別に彼らの全ては、いわゆる「保存派」に属する人ではない。
ごく普通の建築の専門家なのだ。彼らには集合住宅団地を建替えるという概念がそもそも一般的ではないらしい。
ニューヨークでは戦前に建てられたアパートの方が値段が高かったり、ドイツでは行政予算で歴史的なアパートの補修を行っている。文化の違いと言ってしまえばそれまでかもしれない。

集合住宅の時間 大月敏雄著 王国社

【所見】
 著者は大学で建築を教えている先生です。30年、40年を経て建て替えをウンヌンしている国は、世界中どこを探しても、せいぜい日本だけだと言ってもいいようです。建て替えは、先ず、住宅産業を潤し、また自治体にとっても税収が見込めるということは確かかもしれません。少なくとも、そこに暮らす住民の為とは限らない、ということです。

2008年1月10日 (木)

近況

 管理業務主任試験にて、しばらく休止しておりました。また、始めたいとおもっております。今年は、努力の甲斐あって、なんとか合格の見通しでございます。今年も、マンション管理士に挑戦の予定ですが、当分は、共同住宅についてのコメントをつけたいと考えております。

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